コロンビア ポロシャツ ヴィンテージ ビックサイズ

コロンビア ポロシャツ ヴィンテージ ビックサイズ

1550円

コロンビア ポロシャツ ヴィンテージ ビックサイズ

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商品の状態新品、未使用
商品のサイズXL(LL)
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ご覧頂きましてありがとうございます。 ■年代:2000年代 ■素材:コットン100 ■状態:新品 タグM記載ですが XLぐらいの大きさなので 新品ですが 裾少し汚れあり 着丈82㎝ 身幅55時 肩幅56時 袖丈30㎝ ※古着、ビンテージ品となりますので多少の汚れダメージをご理解頂ける方のみお願い致します。 素人採寸ですので多少の誤差はご了承下さいませ。 平置きでの採寸となります。 原宿、下北沢、高円寺、ビンテージ、レトロ、アート クラシカル、アメカジ、菅田将暉、奇抜、アロハ 70's/80's/90'sスタイルの方にオススメです。

2022年3月31日木曜日

イディオム帳

 地元の区民文化センターで開催された陸上自衛隊のコンサートを聞きに行く。久々に生の音楽を聴いた。が、やはり生の演奏はいい。第13音楽隊は第13旅団管内唯一の音楽専門部隊らしく素晴らしい演奏だった。指揮者の米田隊長は北海道出身で広島に来てまだ2週間、という。演奏曲目は吹奏楽コンクールの課題曲や映画、アニメ音楽のテーマ曲に加えてクラシックが演奏された。

 生の演奏は迫力満点。しばらく演奏会にご無沙汰気味だったこともあり(生の音楽はいい)と改めて気づかされる。ただあまりにも自分自身が映画やアニメに疎いとも気づかされた。

 今朝は雨。この雨で桜が散るとも思えない。近くの山や自衛隊、そして造幣局の桜は今年は公開されるようなのでせいぜい近場の桜を見て楽しもう。

 昨日、図書館で借りた逢坂剛の『ご機嫌剛爺人生は、面白く楽しく!』(集英社、2021年)を一気に読んだ。この人の小説などの著書は読んだことがなかった。が、この本を読むと参考になることが多い。逢坂が語った言葉を編者が書に著している。本を読むといろいろと刺激を受ける。その中にイディオム帳の話がある。

 年末から今まで外国語の歌をその国の原語で暗唱している。音を聞いてメロディを覚え、ノートに書いて原語を覚えた。これをイディオム帳に書き記せばいい、と思った。自分自身のイディオム帳をつくろう。

 逢坂剛のイディオム帳はまるで活字のような文字で記している。原稿もカリグラフィーのようにきれいらしい。

 原語で歌の歌詞を覚えようとした時、1冊のノートに記した。が、このノートは本を読んでいて出てくる知らない漢字やキーワード、果ては思いついたことなどなんでも記す雑記帳だ。イディオムは慣用句、成句、熟語の意だがこれを機に新しいノートをイディオム帳として外国語のイディオムを記そう。まずは暗唱した歌詞を手始めに。逢坂は外国語の習得をこうして覚えたそうだ。何でもいいことは真似しよう。

 今週は外に出る機会が多くて草臥れるのか今朝はアラームが2度なる始末。夢を見ていた。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年3月30日水曜日

川沿いの桜

 家から歩いて行かれるところに二級河川が流れている。その川沿いには桜が植えてある。昨日の午前、徒歩でなく自転車に乗って桜を見に行く。あいにく満開とまではいかなくても見事に桜は咲いていた。ただ、花曇りのお天気で2日前に出かけた縮景園に比べて写真の写りはよくない。川向うに菜の花が咲いている。自転車で橋を渡って菜の花が咲くところまで行こうとした。が、国道をひっきりなしに車が通り、怖くて菜の花まで近づけそうにない。あきらめて元の場所に引き返し、そこから菜の花の写真を撮った。 
川の上方面

川の向かいに咲く菜の花

川の下方面
 ここからの写真は3日前の27日に出かけた縮景園での写真。お天気も良くて桜のピンクと空のブルーがよく映えている。


 この祠を日本画教室の人が写していた。何度も縮景園に出かけているがここに祠があるとは知らずにいた。今回やっと祠を見つけた。

 写真に撮った祠を見るといかにも山奥にあるように見える。が、実際は街のど真ん中にある縮景園の祠である。

 話は戻って川沿いの桜を見た後、地元のスーパーに出かける。帰りがけに近所の人に出くわす。しばし、立ち話をする。その人の母親は今年95歳になるとか。元気なお年寄りなのになぜか不満があるようだ。話を聞いた後、「亡くなればもう二度と親と話は出来ない」と話すと、もう親はいなくてもいい、みたいなことを言い始める。これを聞いてびっくり仰天。

 我が家は母が怪我で入院した時点で親娘の立場が逆転した。それほど仲が良い親娘ではなかったが、親の怪我は自分にとっては大変なことだった。それまですべての家事をやってもらっていた。怪我から亡くなるまでの7年間、親を介護していて感じたことはただただ衰えていく親が愛おしくてならなかった。そんな気持ちで介護していたので昨日の友だちの言葉に驚くばかり。

 人それぞれ、というけれど、それでも親を咎めてはいけない、と思う。いざとなればいつも親が子を見守ってくれたはず。その思いがあるから衰え行く親を口に出して咎めてはいけない。そう思うけどどうなんだろう。誰しも皆、いつまでも元気でいられるわけではない。遅かれ早かれ老いはやってくる。その時、どう思って日々を過ごすのだろう。それこそ人それぞれ!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年3月29日火曜日

「朝曇りは晴れ、夕曇りは雨」

 スーパーの魚売り場に小鰯がならぶ季節になった。カタクチイワシを広島辺りでは小鰯という。季語は秋のようだ。刺身の売り場を覗くと小鰯がある。数年前に近所の人から鍋一杯の小鰯を貰った。その時はこれをどうすればいいのか処理に困った。昨日、魚売り場の小鰯をみて自分で刺身に、と思いつく。価格はただ同然ともいえるほど安い。が、刺身になった小鰯はその何倍もする。

 暇つぶしもかねて小鰯を小さいスプーンの背で割いてゆく。小鰯を割く時間を考えれば売り場に並ぶ刺身の価格の高さが判るというもの、と妙に感心してしまう。よほど暇人でないとこういうことはできない。これもすべてはコロナ禍の恩恵!?

 家の近くに植えてある桜が咲いた。「朝曇りは晴れ……」の諺通り晴れてきた。この続きを知らずにいたら「朝曇りは晴れ、夕曇りは雨」と続きがあった。この季節、一斉に桜の花が咲き始める。が、咲く時季は短い。近くの二級河川沿いに咲く桜を見に行こう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年3月28日月曜日

友だちとランチ

 桜便りが届く昨日、友だちとランチを楽しむ。ランチの予約は1時とのこと。その前に日本画の人が描いている縮景園の祠を探しに出かける。友だちと縮景園に隣接する美術館ロビーに集合。その後、縮景園へ。昨日は前日の雨も上がりまさに行楽日和。縮景園の桜も咲いて親子連れなどでにぎわう。園内に入ってすぐに友だちは祠を見つけた。これまで縮景園に行くと大概、園内の外側から隅々を歩いていた。だが、昨日は人と一緒なので歩くコースも違う。何度も出かけているはずなのに知らない縮景園を垣間見る。

 2時間近く園内をうろつく。とはいっても大半は休憩場所で腰かけて話す。友だちはひざを痛めているとか。

 縮景園を後にしていざランチへ。川沿いの桜が咲いているホテル内のレストランでお昼をいただく。大半のお客はお天気が良くてレストラン外のテーブルでのランチだ。お陰でコロナ感染もそれほど気にしなくてよい。ただテーブルの前と横に透明な衝立てが立ててある。話をしても声がさえぎられるようで聞こえにくい。が、これもすべてはコロナ対策、と思えばそれも致し方ない。

 今朝の地元紙に石井哲代さんの記事がある。来月には102歳になられるとか。2週間の入院後、またもひとり暮らしを始めておられる。記事を読むとなんと1日に2時間、ピアノに向かってジュピターの練習をしているそうだ。2時間もピアノを弾いていると体力も頭も使うはず。お元気の源はこのあたりにもありそうだ。

 毎日フルートを吹いているが2時間どころか1時間も吹けない。せいぜい15分から30分も吹けば自分の中では練習した気持ちになる。これじゃ、上手になれるはずがない!?

 何歳になっても何かをやり続ける人は素晴らしい。ダグニーさんが亡くなられて寂しくなったが、次は哲代さんにもさらに長生きしてもらって元気と勇気をいただこう。

 先日来から読んでいる色川大吉の本を2冊読み終えた。さらにこの人のことが知りたくて以前の著作を図書館で2冊借りる。ざっと目を通すと色川大吉は色川武大(阿佐田哲也)など色川姓のひとたちと先祖が色川一族のようだ。

 昨日は久々に1万歩以上歩いた。桜は今週いっぱい見られそうなので地元の山や近くを流れる川沿いの桜を見に行こう。そして来週になれば泳ぎを再開しよう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

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「小野田さんと、雪男を探した男~鈴木紀夫の冒険と死~」を見る

 昨日午後のNHK・BSプレミアムで「小野田さんと、雪男を探した男~鈴木紀夫の冒険と死~」を見る。2017年制作の番組は半分ドラマ仕立てで残り半分は実在する人物が登場する。鈴木紀夫と同じような時代を生きてきたにもかかわらず、この人について何も知らなかった。鈴木紀夫はまさに男のロマンを追い求めた人だった。

 鈴木は何度目かの雪男を探索途中に雪崩に遭い、37歳の若さで亡くなる。雪崩に遭う前に奥さんあてに手紙を書いていた。いつも大事にその手紙を見て生きている奥さん、なんと幸せなことだろう。鈴木の好きな歌である「ここに幸あり」が流れる中、番組は終わる。番組HPによると「戦後29年もの間、フィリピンのジャングルに身を潜めた小野田元少尉。彼を日本に連れ戻したのは、たった一人の若者だった!その若者の名は鈴木紀夫。冒険家を目指した紀夫はその後、ヒマラヤで雪男発見に没頭し、雪崩に遭い、37歳で生涯を閉じる。70~80年代、経済成長する日本社会に背を向け、なぜこのような生き方を選んだのか。小野田や雪男捜索の初公開資料を交え、男たちの生きざまをドラマとドキュメントで描く」とある。

 小野田さん発見時の鈴木のフイルムには世間に出ていない数多くの写真が残っている。当時の政策なのか写真は2枚しか表に出ていない。

 鈴木の奥さんとなった人は作家の林房雄の娘とか。どこまでも夫を支えてついていく姿に心打たれる。鈴木が奥さんにあてた最後の手紙に「もっと幸せな生活を……」みたいな言葉がある。この言葉だけで十分に幸せを感じる、ようなことを奥さんは話していた。

 小野田氏と鈴木夫妻は鈴木が亡くなるまで常に連絡を取っていた。ロマンを探して生きて行く2人の男たちの姿を見ていると自分には到底かなわぬことと羨ましくもあった。降り続く雨の日の午後に見るテレビはなぜか気持ちが晴れる。いい番組だった。
 
 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年3月26日土曜日

ダグニーさんの訃報!

 3月24日のダグニーさんのブログにエレナは以下のように投稿している。ダグニーさんは亡くなられたようだ。享年109歳。ブログの一部を投稿しよう。

 「~あなたが私たちのためにしてくれたすべてのこと、ダグニー!『死んだ』という言葉はあなたの語彙にはありませんでした。あなたは人生を愛していました!5月8日に110歳の誕生日を祝う準備を始めたばかりでしたね。私はブログに新しいページを開くことを約束していました、そのページは『The Year is 2022』と呼ばれるでしょう。~エレナ・ストローム 24/3 2022」(自動翻訳機能による日本語)

 いつもダグニーさんのブログを見ていたので亡くなられたと知ってとても残念。ダグニーさんのブログから勇気と希望を貰っていた。誰にでもいつかは訪れるその日。残念としか言いようがない。

『わたしの世界辺境周遊記フーテン老人ふたたび』

 今日は一日雨が降りそうだ。咲き始めた桜も雨が止めば一気に開花するだろう。昨日、友だちからランチに誘われる。お花見を兼ねてのランチとなりそうだ。が、コロナが気になる。昨日の県内の新規感染者は42日ぶりに1000人を超えている。コロナに気をつけながらランチを楽しもう。

 以下は先日読んだ『わたしの世界辺境周遊記フーテン老人ふたたび』(色川大吉 岩波書店、2017年第1刷)から気になる箇所を抜粋した。「カンシオン・ミステカ」の曲は先日ネットで見つけた。が、「ガンガ賛歌」と「大地の歌」はどんな曲かわからない。ただ、曲名だけを記そう。

 最後に記した「足腰のしっかりしているうちに、大陸の未知の土地をたずねよう。もう、五年しかないのだよ。たったの一ハ〇〇日間だ。日本の男の平均寿命の歳まで。もうすぐなのだ」のくだりはなんか身につまされる。あと五年、と著者は自分自身の活動期を冷静に見ている。しかし、実際は昨年の秋に96歳で亡くなられた。自分自身、あと何年活動できるか考えたこともない。が、母が生きた95歳までは元気でいたい。とはいってもどこへでも旅行できる年齢はそこまでは無理!?というか体力が衰える前に気持ちが萎えたら、とその方が怖い。そのためにも心身ともに元気でいなくては……。それには水泳が一番かも……。泳ぎの再開はさていつ!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★「そのなかでも心にしみるのは「カンシオン・ミステカ」だ。(10p)

★「ガンガ賛歌」が流れていた。(16p)

★わたしはインドのことはなにも知らない。まったくの異邦人だ。老いてもこの人たちのような帰着すべきところがあるとは思えない。ただ命尽きるまで、このまま行くしかない。人は死んだらどこへゆくのか。あらためて自問させられる。(18p)

★次の夜、わたしたちはガヤの駅から夜行の特急列車でカルカッタに向かった。列車に乗り込むと、名画「インド”大地の歌”」のテーマメロディが流れた。(19p)

★第十四代法王は中華人民共和国のラサ侵攻を受け、一九五九年三月、蜂起、抵抗したが、結局ラサを脱出し、ヒマラヤの天険を越え、インドに亡命した。結局北インドのダラムサラに亡命政権を樹立し、今に至っている。このように十九世紀以降は受難の連続であった。そうした苦難を乗り越えてきた法王であればこそ、同じ仏教宗派の民衆の支持が大きいのであろう。ラサにいるだけではわからなかったことが、ラダックにきて一層深く理解できた。もともとチベットは中国ではなく、ラダックはインドではないのだが、政治的に今そうされていること、それぞれの独自性、異質さ、民衆の心情が侵されているということの不条理がよくわかった。ただ、今のダライ・ラマは武力反攻をよびかけるのではなく、ひろく世界の世論に訴える平和外交を貫いている。そのことによってさらに国際的な支持を集め、ノーベル平和賞を受理されるに至っている。(53-54p)

★ゲルク派のラダックのそれより、ブータンの方がわたしには洗練された優雅な芸術性をもっているように感じられる。思えばヒマラヤ仏教は、ブータン、シッキム、ネパール、ラダックと、地域により教派に異なる表現をもつが、共通の根はすべてチベットにある。それは深遠な仏教の宇宙観や教義を、演劇行為を通じて大衆に直接に伝達するものなのであろう。(58p)

★親しい二人の旅慣れた女友達から、ベトナムへ行かないかと誘われた。……連れていってもらうことにした。二〇一五年の夏のことである。なにしろ、こちらは正真正銘の「フーテン老人」、日ごろ杖を使わないと散歩もままならぬというヨレヨレなのだ。だから、飛行機の予約や宿や車の手配などもいっさいお任せだ。わたしはただ、ベテランの二人についてゆけば良いだけにしてもらえた。四、五年、海外に出ていなかったので、パスポートの期限も切れていた。そしたら、ヨーコ君が旅券の発行所にも同伴してくれた。わたしはそこで、一〇年旅券という長期のものを出してもらった。つまり、満九十九歳まで、世界中、どこにも行けるようになったのである。これで出発の日を待った。(117-118p)

★旅の記録を探して日記を調べていたら、一九六九年南米一巡の旅のときのことかと思われるが、こんな走り書きにぶつかった。自分で自分に言い聞かせるような、繰り言とも覚悟ともとれるような、走り書きだった。本音なのであろう。

「元気なうちに歩きのこした世界中を旅行しよう。足腰のしっかりしているうちに、大陸の未知の土地をたずねよう。もう、五年しかないのだよ。たったの一ハ〇〇日間だ。日本の男の平均寿命の歳まで。もうすぐなのだ。もう、五年、なんとか元気で。海に、山に、氷河地帯に、砂漠地帯に旅して、生きていることをたしかめたい。こころの通いあうほんとうの友と。……だから、これまで維持してきた体力をもとに、最後の五年を自由に勝手に生きたいのだ」(143p)

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